2012.12

2012_12

「希望」

それは遠く夜空に瞬く流れ星のようではなく
植物から落ちた種子のようなもの
手に握って生まれて来たにもかかわらず
それとは気づかず
ギュッと握ったり、パッと放したり
見えない不安に怯えている
いつか誰かから与えられるものでもなく
雨の日も 風の日も
ただ自分で蒔き続けるしかありません

2012.11

2012_11

「巡る」

北風が季節を秋から冬に変える
夜が明けて淡い陽がのぼると
褐色に色づいた木々を照らし
やがて目蓋を閉じるように夜の帳がおりる
暖かな夢のなかで記憶は上書きされ
明けきらぬ朝霧に榠樝の香をかぐ
ただ自然のままに
心の輪郭にそって
さらり さらり ふわり

2012.10

2012_10

「立ちどまって」

空が高くなったかと思うと、やがて鰯雲が夕陽に紅く染まる。
このところの季節の移り変わり方は少々乱暴だが、季節は巡り秋になった。
そこでようやく立ちどまり、香ばしい風の匂いを嗅ぐ。
遠くで鳴くこおろぎの音色を聴く。

2012.09

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「向こう岸」

足元の地面がどこまでも執拗に連続していると感じていたが、
あるときふと、対岸に渡ったようだなと気がついた。
いつ渡ってしまったのかはわらないが、そういうものなのかもしれない。
渡ってしまったからには、もうそんなに振り返る必要もない。

2012.08

2011_8

「夏休み」

ある日夏休みが向こうからやってきて
四六時中ドアを開けたり閉めたりした末に
結局ドアも窓も開け放したまま
どこかへ遊びに行ってしまったみたいな気分
そろそろ帰って宿題をやらないと
終わらないよ

2012.07

2012_7

「Carpe diem」

今回の個展のサブタイトルにこっそりつけたのが、Carpe diemというラテン語の言葉でした。memento moriと対でよく使われる言葉で「この日を捕らえよ」という意味。今という時を大事に生きよということ。点と点である一日の連続で毎日があるわけだが、この点のような一日を大事にするというのは、意識しないと見過ごしてしまうことが多い。
作品は基本的に、見てくださる方の感性のままに受けとっていただければと思っているが、今回は自分では少し冒険をしたところがあったので反応が不安だった。結果的にはたくさんの方の意見やご感想を聞かせて頂き、自分なりにひとつの方向性を確認出来たのでとてもよかったと思っている。個展というのは作品に対する不安やプレッシャーがもの凄く、何度やっても慣れないのだが、それに対する反応がしっかりと返ってくるので本当に勉強になる。作品を見てくださり、応援してくださる方がいる限り、これからも真摯に作品と向き合ってゆきたいと思った。

2012.06

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「版」

いつか友人に借りて読んだ本に禅問答があった。 「この世にたった一つしかないものは、だから大切なものなのか、それともたった一つしかないから無意味なのか」というような問いだったと思う。その問いに答えて「本当に一つなら無意味だ」という。 そしてその一つが自分だと無意味とは思えないので人は苦しいのだと。
数年前に版画を始めた当初、自分が版画に魅力を感じたのは、版さえあれば同じものを何枚でも刷れると思ったからだ。しかし実際に刷ってみると、まったく同じ刷りなどは(自分の場合は)ほぼ存在しない。しかも想像していたよりも、刷れる枚数はずっと少なくガッカリしたものだった。 機械のように均一に、何枚も刷ることが出来ないから惹かれるのだろうか。
それとも不滅への憧れのようなものを、版に感じているのだろうか。

2012.05

2012_5

「Appetizer」

今ちょうど、6月の個展に使用するDMの作品をどうしようかと考えているところ。 その作品だけは使用目的があるので、連休明けの週には完成させなければいけない。制作途中の作品もいつくかあるが、どうもそれらではないような気がしている。
DMに使う作品を、展示のなかのメインディッシュのような位置の作品を使えれば一番良いのだが、半年に一回のペースで個展をしていると、自分の場合は最後の最後にぎりぎりで仕上がってくることが多い。なので、自分にとってDMの作品はもっとも魅力的な食前酒、または前菜のようなものをと考えている。DMを目にして気になってうっかり手に取るような、足を運んで他の作品も見てみたくなるようなイメージを。
はてさて、どうしたものか…。

2012.04

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「花を待つ」

もう四月? 月日の過ぎ去るスピードの早さには、ただただ呆然としてしまう。 どうにかして時間を緩める方法はないものだろうか?と真剣に悩む。
今年の春は例年より遅めだけれど、手荒な春の嵐の後にはちゃんとやって来る。 近所のホームセンターの園芸コーナーで、色とりどりのチューリップを横目にヒヤシンスを、今だけとミモザを、コデマリをと手を伸ばす。スーパーの野菜売り場ほどではない草花には、まだきちんとした季節感があり心が躍る。何にでも旬があり、今でなければということがあるのを思い出す。
沢山の不安と一緒に、また新しい季節が巡る。

2012.03

2012_3

「たのしさ」

昨年の4月からこっそりと創作絵本の講習を受けておりまして、初夏に同じく受講しているみなさんと絵本の展覧会をいたします。まだ確定ではありませんが当初の予定よりかなりずれこみ、6月の銅版画の個展の一週間後あたりになりそうな気配。個展と同じ週にならなかっただけまだ良かったものの、心拍数が上がります。 絵本の完成まで未だ遠くはあるけれど、本気で作り始めてみるとこれがとても楽しい。
まず筋書きを考え15見開き分の絵を描くというのは、やってみると思った以上に難しい作業。体力も気力も必要。自分がついた嘘にうっかり騙されるくらいの、集中力と妄想力も大事。しかし紙のなかに自分の空想の世界を好きなように展開させられるというのは、非常に面白い。それから自分は紙という素材や媒体が、とにかく好きなのだなと思った。

2012.02

2012_2

「引き算」

不思議なもので、自分はまがりなりにも版画家を自称しており、時折ちいさな場所を借りて愚にもつかないことを細々と表現している。しかしいずれは、もっと広く長いスパンで、愚にもつかないひそやかなることをたくさん語りたい。もちろん版画や文字というかたちで。本当に大切なものや美しいものは、一見価値のないようなもののなかに紛れ込んでいることが多いから、たまに誰かが遠回りしてとりに行った方がいい。
学生の頃からアートに携わる時間は長かったが、こんな風にすっきりと自分の頭の中が整理されるまでには随分と時間がかかったなと思う。時間はかかったものの、これはいくつもの引き算をしたおかげで、しっかり精査しながら引き算をすれば、痛みは伴うが大事なものはちゃんと残るのだと思う。足し算ばかりで増えたものに囲まれていると、時折なにか大事なものを見失うことになる。

2012.01

2012_1

「整える」

色とりどりのブロックがザーッと撒かれたのが去年だとすると、今年はそれをなんとか組み立ててゆきたいなと思う。まずは色ごとに分けたり、形をそろえたり。もっと欲しい色、使わない色、足りないパーツ、目新しいパーツ。もしかしたら今は触らない方がいいものもあるかもしれない。
そして何よりも、スケジュール管理と制作に向う集中力を…。 ギリギリになればなんとか間に合う、という自分のなかの迷信に頼らないように。 自分でわかっているが、なかなか出来ないことがいくつも。 しかし年の初めの今だからこそ、今年こそはと思う。