2016.11-12

2016_09

「ささいなこと」

作家活動を続けるというのは、本当にあてどもないことで、ふと躓いたついでにそのまま寝転んで、老後の心配をしながら会社に従属して生きていくのがまともかもしれないと思ったりもする。しかしそこに楽しみはあるのか?既にすっかりレールから外れて森の中。いつも何かと何かを天秤にかけては目を細め、溜息をついている。答えは出ていても飲み込むのに時間がかかる。

来年はいつもとは違うやり方で、時間をかけて作品を凝縮する。いつか優しい夜の灯に手が届きますように。

2016.10

2016_09

「はじまりの場所」

美大受験時代にお世話になり、大学卒業後は銅版を習得した工房もある、美術学院の院長が8月に亡くなりました。版画科在籍中には研究生として制作させてもらい、作品のコメントをいただいたこともありました。その院長のお別れ会が今月あり、それはそれは温かい、感謝と愛情に満ちた会でした。会場は受験科のアトリエのある校舎で開かれました。そこに足を踏み入れるのは20年振りくらいのことで、ここから全てが始まったのだと思うと、改めてこの美術学校を創ってくださったことへの感謝に尽きるのでした。

 

2016.09

2016_09

「此岸」

展覧会と展覧会の間など、次の作品の着手までにしばらく時間を持ったりすると、ふと現実的な不安や憂鬱の種が湧き水のように現れる。そうなると仕方がないので、靴と靴下を脱いでゆっくりとその水のなかに入っていく。潜れるだけ潜って、自分の冷たい水底を触って確かめる。もしくは、しばらく水底で好きなだけ漂っている。何日でも。そして気が済んだらゆっくり浮上して、その河を渡るボートを準備する。

 

 

2016.08

2016_08

「さよならの記録」

今月、3年間お世話になった新横浜の工房が閉じました。ここに居る間に5回の個展を開催し、様々な作品が生まれました。今後ここより広くて使い勝手の良い工房に出会えることはないだろうなと思います。本当にお世話になりました!そして、また次の場所で会えるなら。

 

 

2016.04

2016_04

どこへゆくのか

満開の桜が散る姿を目にして、春はどこへ行くのかなとふと思った。

春も桜も人々も。みな急いでどこへ行くのかと。

 

 

2016.02-03

2016_0203

雲散霧消

ここ数ヶ月ずっと気になることがあり、それが今年の作品制作にとても深く関わることだったのでモヤモヤしていた。ただネガティブなモヤモヤではなく、例えるなら目の前に綺麗な蝶が止まっていて、いつになったらここを飛び立つのかなと思っていたら、どうやらうちで飼っていた芋虫のようだと気づいたような感じのことで。今度はそれはそれで大変だなと思うのだが、ようやく宙に浮いた足が地に着いた感じで、やるしかないかなと。今年も。

2016.01

2016_01

「折り返し地点」

今月誕生日を迎えて、あの時の母と同じ歳になった。もっと大人になっているはずだったのに、まるで何も成し遂げていないと感じる。そもそも「大人」なんて存在しなくて、誰もが「大人」を必死に演じているだけなのかもしれない。そんな「大人」に守られて、自分は幸せに育ったものだなとつくづく思う。

この先、あまり立派な「大人」にはなれないかもしれないが、ふたりの折り返し地点として、この先はもっと充実したものにしなければなと思う。